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民間会社で商業打上げのための法整備も経験 |
| ─ | そうした試みが改革のさきがけになったわけですね。岩本さんは企画部に配属になる前にはどのようなお仕事をされていたのですか? |
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NASDAには事務系の人が少ないから人事異動が多くて(笑)。最初に配属になった計画管理部の宇宙実験プログラム室(後に宇宙環境利用推進部に組織変更)で2年間、国内の宇宙ステーション研究者のために宇宙実験の応募基準に関する指針を作ったり、毛利宇宙飛行士などの活動支援にたずさわりました。主に、NASDAなど外部機関との調整業務が多く、向井宇宙飛行士がスペースシャトルに乗るときはNASAとの協定交渉を担当しました。また、宇宙環境利用全般について、科学技術庁との調整もあったり、とても忙しかったですね。その後、(株)ロケットシステムという民間の打上げ会社へ出向して、営業企画部で商業打上げのための法律整備、環境整備などを行いました。そして、NASDAに戻り、科学技術庁と調整しながら宇宙開発事業団法の改正にもたずさわりました。振り返ると、対外的にも内部的にも、業務推進のための調整や、法律や環境の整備をしていくような業務が多かったですね。 |
| ─ | 基盤づくりに力を発揮されてこられたわけですが、商業打上げの法整備と宇宙開発事業団法の改正について、もう少しくわしくお話しください。 |
| アメリカでは商業打上げ法というものがあって、ロケットは民間会社が打ち上げているんです。たとえば、ロケットが事故を起こして誰かに被害を与えてしまったときなどに、どれだけ民間会社が保険金を負担して、国がどれだけ補助するかが決まっているんです。ヨーロッパの国々にも商業打上げ法があります。でも、日本にはそうした法律がなかったため、欧米と同様の環境を整えようということで、民間の(株)ロケットシステムへ出向して法整備の仕事を行いました。そうして商業打上げに関する法律ができ上がり、結果として、先ほどもお話ししたように宇宙開発事業団法にその内容を盛りこんで改正するという形になりました。これにより、日本でも海外の衛星を商業的に打ち上げることができるようになったわけです。 | ![]() |
30年後にはだれでも宇宙へ行ける時代が到来 |
| ─ 岩本さんはほかにもいろいろな活動に参加されているとか・・・・・。 |
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| 写真:学生時代に、ヒマラヤのMERAピークに登頂。 後方にはエベレストが。 |
写真:楽山の大仏の足の上で。大学最後の思い出旅行 <中国は四川省にて> |
| ─ | 4月から駐在員としてパリへ行かれるということですが、今後のNASDAはどうなっていくと思われますか? |
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私は「銀河鉄道999」に憧れて育った世代なんです。NASDAに入ったのも宇宙に対する夢を実現するためで、だれでもが宇宙へ行ける時代が来るのはそう遠くはないと信じています。単なる宇宙観光ではなく、生活や文化の場としての宇宙という意味でです。そして、打上げの商業化はその突破口であると思います。個人的には30年以内にはだれでも宇宙へ行けるようになると思っています。いまのNASDAについては、もっと国民に親しまれる組織になればと思いますし、もっとみんなが宇宙に接しやすくなれるような環境をつくっていかなくてはいけないと思います。宇宙は人類の夢です。NASDAがみなさんにより近いところにいつもいて、いろいろな支援をしたり、親しみのある事業をどんどん行って、宇宙というものをもっと身近に感じ、喜びや可能性を与えていけるような組織になればと思いますね。 |
| 岩本さんは、毎年9月12日の「宇宙の日」を中心に行われる講師派遣で学校を訪れ、中学生の子どもたちに宇宙開発の将来や宇宙ステーションについて話をしたことがあるそうですが、だれもが宇宙に行ける時代が来ることについて、みんなが本当に目を輝かせて聞いていて、そのまなざしが忘れられないといいます。きっと、その子どもたちが大人になるときには、岩本さんをはじめとする宇宙開発関係者の努力で、本当に私たちは地球と宇宙を自由に行き来できるような時代になっていることでしょう。 | |
| 取材:NASDA広報室 | |
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