●ギリシャ神話 〜太陽の神の子ファエトンと親友キグヌス〜●

 ファエトンは、母親と一緒にくらす元気な男の子でした。でも、ファエトンは自分のお父さんの顔を見たことがありません。物心つくまでお父さんのことを知らなかったファエトンも、自分の友達にはお父さんがいるのに、自分にはいないことを不思議に思うようになりました。ファエトンは、母のクリメネに聞きました。
「僕には、お父さんはいないの?。みんなにはお父さんがいて、いつも遊んでくれたり、いろいろなことを教えてくれるのに・・・。」
 クリメネはファエトンに言います。
「あなたのお父さんは、あの空に光る太陽の神アポロンなのよ。お父さんは、毎日馬車に乗って空を走らなければならないから、ファエトンの近くにいることができないの。」
「でも、いつも空の上から僕を見守ってくれているんだね?。すごいや!。」

 ある日、ファエトンは友達と野原で遊んでいました。友達も、ファエトンのお父さんがいないことを不思議に思っていました。
「ファエトンのお父さんはどこにいるの?。」
 ファエトンは自慢げに話しました。
「僕のお父さんは、あの空たかくで太陽を走らせているアポロンなんだよ!。」
 友達はとても驚いて、空を見上げました。しかし、
「神様がお父さんだなんて、そんなはずないよ!。」
と、ファエトンを笑い者にしました。
 お父さんにも遊んでもらえず、友達からも笑い者にされてしまったファエトン。西の空に低くなった夕日の光る川のそばで一人泣いていました。そこに飛んできたのは、白鳥のキグヌスでした。キグヌスは、ファエトンのそばにとまり涙でいっぱいのファエトンの瞳を見つめながら、顔をのぞき込みます。
「キグヌスには僕の気持ちが解るんだね?。」
 独りぼっちのファエトンは、毎日川べりでキグヌスと遊ぶようになりました。

 そんなファエトンも立派な青年になり、父アポロンに会いに行く決意をします。ファエトンはクリメネに聞きました。
「僕は、自分でお父さんを確かめに行きます。どうしたらお父さんに会うことができるのでしょうか?。」
 クリメネは、
「太陽の神殿は、日の昇る東の方角にあるのよ。でも、それはとてもとても遠いところなの。でも、今のあなたならきっと自分の足でたどり着くことができるでしょう。」
 ファエトンは、早速旅支度を整え、日が昇る前に神殿に着けるよう、深夜に家を出て東に向かって旅をはじめました。

※東方の国=ギリシャから見て東の方角にあるアジア・中近東のことを「黄金の国」としていたとも見られています。

 ファエトンは、ただひたすらに東へ東へと歩き続けました。しかし、神殿はいつまでたっても見えてきません。それどころか、空はだんだん白み初め、いつのまにか地平線から太陽が昇ってきてしまいました。
「ああ、間に合わなかった・・・。これから引き返したほうが良いのかな?」
と立ち止まり考えました。しかし、今まで歩いてきた距離を考えると、西の地平線に沈む太陽に追いつくわけもありません。再び太陽が昇る前に神殿に着くために、東へと歩き始めました。
 しかし、歩けど歩けど太陽の神殿は見えてきません。ついに西の空に日が沈み、また夜の闇がおとずれてしまいました。ファエトンは歩き続けてもうくたくたでした。それでも、アポロンが自分の父であることを自分自身で確かめたい一心で歩き続けました。
 それから、どれだけ歩いたでしょう。ファエトンは足が棒になってくたくたになるほど歩き続けました。やがて、遠くに金色に光り輝くものが見えてきました。それは間違えなく太陽の神アポロンの神殿でした。ファエトンは最後の力をふりしぼって神殿まで走って行きました。アポロンの神殿は、見上げるばかりの金色に光る丸い柱がそびえたち、それはそれは豪華なものでした。神殿の急な階段を昇っていくと、そこにはまぶしく輝く玉座に座ったアポロンの姿がありました。

 あまりのまぶしさに茫然と立ちすくむファエトンに、アポロンが気づきそばに呼び寄せました。
「少年よ。よくぞ私の神殿まで訪ねてきてくれたね。名前はなんというのかな?。」
 ファエトンは答えます。
「アポロン様。僕はギリシャから来たファエトンと申します。僕の名前に聞き覚えはありますか?。」
「ファエトン?。それは、私が置いてきた息子の名前ではないか?。そなたがファエトンか!。」
 ファエトンは、母クリメネの言葉通り、アポロンが自分の父親であることを確信しました。
「お父さま!。」
 ファエトンは、父アポロンの腕に抱かれ、頭をなでられながら泣き叫びました。

 しばしの父子のやすらかな時間を過ごしながら、ファエトンは、これまで自分の歩んできた日々のことや、母クリメネのこと、そしてアポロンが父であることを信じなかった友人たちのことや白鳥のキグヌスのことも話しました。アポロンは、そんな息子ファエトンのことを思いやりながらこう言いました。
「今日はよくぞここまで足を運んで、私に会いに来てくれたね。私もとてもうれしい。ファエトンよ。そなたが今何か望むことはないか?。あるならいってごらん。なんでもかなえてあげよう!。」
 ファエトンはしばし考えたあと、宮殿の中を見まわしてこう言いました。
「あの、太陽の馬車に1日だけ乗せてください!。そして、地上のみんなに自分の姿を見せたいと思います。」
 さぁ、アポロンは困りました。馬車の運転は、天をめぐる天体のそれぞれの運行をつかさどる神のみに与えられた役割であり、とてもひとりの人間ができることではないのです。
「あの馬車に乗るということは、それはそれはとても危険なことなのだよ。天には射手(いて)や蠍(さそり)やライオン(しし)がいて、太陽の通り道で待ちかまえているし、馬車を牽く馬たちはそれはそれは凶暴で、口や鼻から火を吹いて胸一杯の炎を燃やしている。後ろで手綱をさばくだけでも容易ではないのだ。それでも、そなたは馬車に乗りたいのか?。」
 アポロンは、いろいろな理由を作ってはファエトンに思いとどませるように仕向けました。しかし、ファエトンはどうしても自分の姿をみんなに見て欲しくて、アポロンの言うことには聞く耳を持ちませんでした。
 アポロンは、自分の言ったことを後悔しました。しかし、これも父と子の約束です。しかたなく、アポロンは馬車のあるところまでファエトンを連れて行きました。太陽の馬車は、黄金でできたこれまたきらびやかな馬車で、車輪も柱もすべてが黄金でできており、馭者(ぎょしゃ=馬車をあやつる人)の椅子にはダイヤモンドが散りばめられていました。あまりの華々しさに目をぱちくりさせているファエトンを、アポロンはそっと椅子に座らせました。
「よいか。ファエトンよ。望みはかなえるが、これだけは絶対にまもってくれ。この馬たちはとても気が荒い。しかし、手荒いことをしなければ決して道を外すようなことはしないのだ。だから、この手綱をしっかりもって、鞭はなるべく使わずにおとなしく走らせていれば大丈夫だ。」

 ファエトンは、アポロンに言われたとおり手綱をしっかりにぎり、うれしそうにアポロンを見つめていました。いよいよ出発です。馬たちは、火を吹きながら宮殿を飛び出して行きました。馬車は、雲を突け抜け、風を追い越し、ぐんぐんと空高くに向かって昇りはじめます。みるみるうちに地上の風景がファエトンの足元に広がっていきます。
「すごいや!。」
 空の中に乗り出したファエトンは、あたりを見回してみました。ここからは神々の山々や海も見えます。地上には、自分のことを笑い者にした友人達や、親友の白鳥キグヌスの姿も小さく見えました。みんなが自分のことを見ていると思うと、とても気分が良くなりました。

 ところが、空に昇る速度がいつもより早いようです。それは、いつものアポロンが乗っているはずの馬車が今日に限って軽いので、馬たちが自分たちの力を調節することができなくなっていたからでした。やがて、馬車は通り道をはずれて走り出してしまいました。さぁたいへんです。しかし、ファエトンはこの馬たちを静める方法など知りません。手綱を締めたり緩めたりしてなんと
かしようとしますが、それがかえって馬たちを刺激してしまい、さらに暴れ出してしまいました。馬車はどんどんと天高くに昇っていきす。天の星座たちも太陽のあまりの暑さに焼き焦がされはじめ、さそりはその大きなハサミをファエトンの馬車目がけて差し出してきました。
「あっ!。」
 びっくりしたファエトンは、つい持っていた手綱を離してしまったのです。

 こうなってはもうどうしようもありません。馬車は天を昇ったりはたまた地に向かってかけ降りたり、横に倒れたり引きずられたりしながら走り続けます。天は真っ赤に燃え上がり、大地の山や森も次々に燃えだしました。その炎はついに神々の土地まで被い尽くすようになり、海も干上がってしまいました。海の神ポセイドンももう我慢できません。

※エチオピアの黒人たちの肌が黒いのは、このときに焦がされたためだと言い伝えられています。

 このままでは天も地も滅んでしまう。急いでなんとかしなければなりません。この状況を見ていた大神ゼウスは、いつも雲や雨を降らせている塔の上に昇り、雲をかき集めて地上を覆おうとしましたが、天も地もすっかり干上がってしまい、もうそれだけの雲を集めることもできません。こうなってはもう馬車を落とすしか方法は無いようです。ゼウスは、右手に電光の弾丸を打ちふりながら、ファエトンの乗った馬車目がけて巨大な雷を落としました。

 太陽の馬車はくだけ散り、雷に打たれたファエトンは火の玉のように光りながら地上に落ちて行きました。その体はエリダヌス河に落ち、ファエトンの体をやさしく冷やしましたが、ファエトンはもうこの世に帰ることはありませんでした。

 地上からその様子をじっと見守っていたのは、親友の白鳥キグヌスでした。キグヌスは、光りながら落ちて行くファエトンの姿を追ってエリダヌス河まで飛んで行き、なんども川の中に潜ってファエトンを探していましたが、ついにそのなきがらを見つけることはできませんでした。キグヌスは、ずっとエリダヌスの川面を見つめ、ファエトンのことを思いながら、今も天の川の上を飛び続けているのです。

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