●ギリシャ神話 〜カリストとアルカス〜●

 カリストは、月の女神アルテミス[ダイアナ]に仕えるとても美しいニンフ(妖精)でした。アルテミスがそうであるように、カリストもとても狩りが好きで、日々野山に出かけて狩りをする日々を過ごしていました。

 ある日、カリストが狩りをしていると、アルテミス[ダイアナ]が近づいてきました。カリストはアルテミスに駆け寄り話しかけようとしました。すると、その姿はたちまち大きな男の姿に変わりました。それは大神ゼウスだったのです。ゼウスは天から地上を見下ろして美しいカリストをみつけ、アルテミスに姿を変えて近づいていたのです。

 ゼウスはカリストを力ずくで奪いその場で欲望を満たすと、天に帰って行ってしまいました。カリストはゼウスの子を身ごもり、その子にアルカスという名前を付けました。しかし処女神であるアルテミスは、たとえゼウスの一方的な愛情であったにせよ、関係を持ったカリストを許すことができず、姿を熊に変えて神殿から追い出してしまったのです。

 ●伝わる神話によっては、ゼウスの妃ヘラ[ジュノ]がゼウスの愛を奪ったカリストーを妬み、その姿を熊に変えたという説も伝わっています。

 熊になったカリストは、アルテミスの神殿の近くの森をさまよい歩く日々が続きました。一方、カリストの子アルカスは、アルテミスの神殿で大切に育てられ、立派な狩人になっていました。

 ある日、アルカスが森を歩いていると、むこうに大きな熊がいるのを見つけました。それは、熊に姿を変えられてしまった我が母カリストだったのです。カリストも、我が子を案じるばかりに神殿のまわりをさまよい歩いていたのでした。カリストは喜び勇んで我が子に歩み寄って行きました。しかし、アルカスにはその熊がカリストであることはわかるわけもありません。突然襲ってきた熊に、アルカスは持っていたやりを刺し通そうとしました。

 その様子を見ていたゼウスは、子どもが母を殺してしまうのはあまりにもむごいことだと、アルカスも熊の姿に変え、天に上げて星座にしたと言われています。ゼウスが空に上げるときに、しっぽを持って勢い良くあげたので、この2匹の熊は地上の熊に比べるとしっぽがとても長くなってしまったのだと言われています。

 ところが、星座になったカリストとアルカスを見て嫉妬深いヘラは、水の神オケアノスとテティスの元に行き、他の星座になった星たちのように1日1回海の下に沈んで休むことができないようにしてしまったのです。カリストとアルカスは、いつも北の空をぐるぐるとまわるかわいそうな運命となってしまったのでした。ギリシャやローマなど地中海地方では日本とほぼ同じ緯度ですから、おおぐま座は地に沈むことはないことからこんなお話しができたのでしょう。

ちょっと大人のギリシャ神話 木星の4つの衛星

 このおおぐま座に描かれている熊に姿を変えさせられてしまったカリストの名は、現在木星の4大衛星のひとつの名前として残されています。ギリシャ神話が語り継がれたローマ時代は、実に人間味に富んだ神話として物語りが作られました。特に全天を支配していたゼウスについては、神様でありながら実に人間味豊かな話しがたくさん残されています。特にかなりの浮気性だったようで、気に入った女性がいればいろいろなものに姿を変えてさらい、関係をもった話しが伝わっています。

 太陽系最大の惑星である木星には、この「ゼウス」のローマ名である"Jupiter"[ジュピター]の名前がつけられています。この木星のまわりをまわる明るい4つの衛星を見つけたのはガリレオ・ガリレイ(1608年)です。この4つにはそれぞれ内側から「イオ」「エウロパ」「ガニメデ」「カリスト」の名前がつけられています。

 このうち「ガニメデ」だけは男の子で、他の3人はすべてゼウスに愛を持たれた女性たちです。ゼウスが妃ヘラに浮気がばれないように牛に姿を変えられてしまった「イオ」。「エウロパ」も牛に姿を変えたゼウスにさらわれました。いわば強姦同然だった「カリスト」だけは、さらわれずその場に置いてきぼりにされて熊にされてしまったというわけです。「ガニメデ」はゼウスがわし座として描かれているわしに姿を変えてさらってきた美少年といわれています。

 ギリシャ神話というのは、実はこのような人間の本能的な欲望やエゴを、現実と切り離した世界で言い表したようなものなのかもしれません。哲学的にギリシャ神話を読んでみると、また違った人間の内面が見えてきたりして、おもしろく読むことができるかもしれませんね。

 ※登場人物(?)の後につく[]内の呼び名は、ギリシャ神話がローマに伝わってから付けられたローマ神話に基づく英語での呼び名です。通常はギリシャ神話が書かれたラテン語の発音を日本語に置き換えた名前で表記しています。アメリカやイギリスから入ってきた神話ではローマ名で呼ばれることが多いため、あえて今回は英語の名前を併記しました。


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