1999年9月26日、兵庫県の西部の佐用町にある兵庫県立西はりま天文台公園では、日曜日恒例の天体観望会が屋上のドームで行われていました。午後8時22分ごろ、見学に来ていた神戸海星女子学院大学フランス語学科4回生の4人が望遠鏡を覗くために順番待ちをしていたそのとき、ドームのスリットのむこうに大きな明るい星が西から東へゆっくりと流れていくのを発見し、大声で叫びました。その明るさは、東の空に見えていた満月直後の月と同じかそれより少し暗い程度。色はブルーから緑がかっており、最後に火花を散らすように爆発してちらばったように見えたとのこと。西はりま天文台の鳴沢研究員は同じドーム内にいたものの、お客さんの対応をしていてその星を見ることはできなかったのですが、そのときは単なる火球だろうと思っていました。しかし、それが数時間後に大変な事件に発展して行くのでした。

画像:神戸海星女子学院大学 柏田 渚さんによるスケッチ
(編集部で画像処理済)

提供:西はりま天文台公園

西はりま天文台公園から見た隕石の軌跡(概略図)

 同じ頃、テレビではプロ野球のジャイアンツ対ヤクルトの東京ドーム最終戦が行われていた。神戸市北区の平田良一さん(49)が家族でその中継を楽しんでいました。突然「ドン」と激しい衝撃が家中に響きわたりました。それはいままでに感じたことのない、地震とも爆発ともピストルの発射音とも似つかない、しかし一瞬の出来事だったそうです。「お父さんが何か上で落としたんじゃないの?」と言いながら家族で家の中を探してみると、2階にある留学中で留守にしている長女の部屋のベッドの上に、タマゴくらいの大きさの灰色っぽい石が散乱しているのを平田さんの次女が発見しました。

隕石が直撃した平田さん宅の屋根

 発見したときの石は、3個くらいの大きなかたまりと、細かい破片がたくさんちらばっていました。ちょっと硫黄のような臭いもしており、最初は何なのかまったくわかなかったため、持ってみるとなま暖かい感じがしたそうです。気がつくと天井に大きな穴が空いていて、そこから落ちてきたのであろうことがわかりました。細かいかけらが散乱していたので、紙を敷いて集めてから、警察に連絡したということです。

 平田さんのお宅は木造2階建てで、屋根裏に昇り調べてみると、屋根には10cm角くらいの穴があいており、屋根裏には破片らしいものは落ちていなかったということです。

写真:隕石の全体  兵庫県警科学捜査研究所提供

 その後、西はりま天文台には、「明るい流れ星みたいなものを見た!」という問い合わせの電話が殺到し、天文台にただ一人残っていた鳴沢研究員は対応に大わらわ。刻々と集まってくる情報によると、どうやら隕石が落下したらしいことが判明しました。隕石らしいものの落下で屋根に被害をうけた平田さんのお宅にもマスコミが詰めかけて、深夜まで対応に追われて大変だったそうです。

 その日、「隕石らしいもの」は神戸県警科学捜査研究所に運ばれ、外観などの測定が行われました。色は外側が黒く、割れたところからは灰色の部分が見られる。割れ目からは2〜3mmくらいの丸いガラス質のようなものが見え、鉄やマグネシウム・珪素・硫黄などがめだち、磁石に反応する。比重は3.44と自然にある火山岩などの石より重く、性質としては石質隕石である可能性が高いことがわかりました。

写真:隕石の表面

兵庫県警科学捜査研究所提供

 翌日、隕石らしいものは神戸県警からの鑑定依頼を受けて、石川県小松市の金沢大学理学部付属低レベル放射能実験施設に運ばれ、放射性物質が存在するかどうかの測定が行われました。宇宙空間を漂ってきて、たまたま地球の近くに接近してその引力により地上に落下してきた隕石は、宇宙空間に飛び交っている「宇宙線」と呼ばれる物質がぶつかることによって、地球上では存在しない組成の物質を含んでおり、多くの放射性物質が含まれています。ですから、落ちた来たばかりの隕石を素手でもったりすることは、場合によっては放射線被爆をする恐れもあるため、ほんとうはしてはいけないことなのです。

写真:隕石の表面

兵庫県警科学捜査研究所提供

 金沢大学理学部の小村和久教授は、隕石らしいものが持ち込まれた9月27日午後5時から延べ94時間の鑑定を行い、18種類(うち2つは不確定)の宇宙線生成核種(うちゅうせんせいせいかくしゅ)とよばれる放射性物質を検出しました。これにより、この隕石らしいものははじめて「隕石」として認められたことになるわけです。

 日本に落ちた隕石としては、1996年1月に関東上空で爆発しつくば市内に飛び散って落下した「つくば隕石」以来3年半ぶり・民家に落ちたものとしては1992年の島根県・美保関隕石以来となります。


目撃情報

愛媛県今治市 村上仙之助さん撮影

1999年9月26日 20:10ごろから15分露出 (露出開始から約10分後に火球出現)
愛媛県今治市サイクリングターミナル サンライズ糸山にて

画面左上の、右下に流れる光線が火球 正面上は月 画面左の橋は「しまなみ海道」

提供:兵庫県立西はりま天文台公園

 愛媛県今治市で夜景の撮影をしていた村上仙之助さんは、月と夜景を15分露出で撮影していたカメラに、偶然この隕石の落下による火球が入り込んでいました。

 奈良県奈良市の東平真由子さんは、本屋さんで買い物をしてお店から出た直後にこの火球を目撃しました。

 私も神戸隕石を目撃しました。場所は奈良市の中心部にある近鉄奈良線新大宮駅の南側です。その場所にある書店で買い物をしてから、店の前の道を真西に向かって歩いている時です。その道は両側に飲食店などの建物が建ち並んだ幅が5M足らずの道路で、両側には3〜4階建のビルが並んでいますので、実際に見えていた時間
とすれば、それこそ一呼吸分といったところでしょうか。真西の夜空に、ちょっと自然界に存在するとは思えないほど鮮やかで明るい緑色の光が現れて、北から南へすーっと流れて、すぐに建物の陰に隠れて見えなくなりました。確か、一律な光ではなくて(うまく表現できませんが、電球状の安定した物質として現れて、そのままの状態で視界から消えた、というのではなく)、私の真正面(真西)に達したときに、特に変化のある光り方をしたように記憶しています。明るさとしては相当なものでした。薄い白雲や煙草の煙のようなものに光が反射している感じで、ぱっと輝きを増して、すーっと視界から消えました。
 明るさや光の状態は、理科の教科書などに掲載されている美しい「昴」の写真に似ていました。そのような明るく白っぽい光の中に、鮮やかな緑色が含まれていました。非常に人工的な緑色でした。エメラルドグリーンというのでしょうか。メキシコオパールが緑に光ったときの色に似ていました。今でも美しい緑色の光を頭に浮かべることはできます。
 一緒に歩いていた母は全く気がつかなかったそうです。不思議なものを見たと告げましたが、流れ星ではないかと言われました。その時は隕石についての知識もなかったので、どちらかというと、流れ星というより人工的な光(花火や人工衛星、謎の気球等々)だという印象でした。それほど巨大で明々とした人工的な緑色の光でした。あまりにも大きな光だったので遠近感がつかみにくく、それが生駒山よりも西側の大阪府の上空を飛んでいたのか、東側の奈良県西部の上空を飛んでいたのか、まったく判断できない状況でした。翌日に神戸に隕石が落ちたというニュースを見て、大阪側を飛んでいたことがわかりました。


☆隕石をさがそう!

 こうして隕石であることが確定したわけですが、この隕石の落下を目撃した複数の情報から、最後に爆発して飛び散ったように見えたということがわかっています。もしそうだとすると、隕石は平田さんの家を直撃したもの以外にも周囲に落ちている可能性があります。そこで、その飛び散ったであろう隕石をさがそう!ということになり、隕石が落ちた1週間後の10月3日、市民を集めて大捜索会が行われることになりました。

 場所は平田さんのお宅からほど近い摩耶山麓にある神戸市立森林植物園。この日は朝からあいにくの空模様で、ときどき雨がぱらつくお天気でしたが、新聞やテレビの報道でこの会を知った市民や報道陣など約80人が集まりました。会を主催した西はりま天文台と日本流星研究会から、隕石に関する説明と資料が参加者全員に配られ、会場には今回と同じ石質隕石である1969年のメキシコ・アランデ隕石が持ち込まれ、見本として展示されました。また、目撃情報などから推測した隕石の飛行予想図も作られ、その図を元にどの程度の範囲に隕石が散らばっている可能性があるかの説明がされました。この見本と資料をたよりに、会場周辺を歩いてまわって隕石らしい石を集めて持ち戻り、みんなで鑑定をしようというわけです。

隕石の飛行経路の模型

国立科学博物館の米沢さんによる隕石の実物の写真説明 左は西はりま天文台公園 森本園長

 森林植物園だけでもかなりの広さがありますが、隕石の散らばっている可能性のある場所は、この付近の半径5kmくらいの範囲です。あらかじめ地域をいくつかに分けて、地域ごとにグループにわかれて捜索することになりました。西はりま天文台の森本園長からの「いつもは星を見上げているばかりだけれど、、今日だけは下を良く見て探しましょう」という言葉に一同大笑いしてから、それぞれの場所に捜索に向かいました。

「これ、違いますかね?」

たくさん!拾ったのはどんぐりでした

芝生の上なら見つけやすいかな?

テレビ局もたくさん集まりました
 今回の隕石は石質隕石ということで金属含有量は少ないのですが、それでも過去に金属探知機で隕石を発見した例もあり、参加者の中には持参して捜索する方の姿も見られました。思い思いに「地面とのにらめっこ」をしながら、ハイキング気分でひたすら石を探すことになります。

主催の西はりま天文台公園 鳴沢主任研究員と日本流星研究会 火球担当幹事の司馬さん
 再び集合したのは午後3時。三々五々捜索から戻ってきた方が石を見せにやってきます。日本流星研究会の司馬さんが石を見る。一目みて違うとわかるものや、道路の舗装に使うアスファルトを拾ってきてしまった人など様々ですが、みなさんそれぞれに隕石への期待を持って帰ってきます。あやしい石はスタジオへ・・・ではなく、地質学の専門家などによって地球の石との判別が行われます。磁石に反応する石が見つかると、一気に参加者の注目があつまりますが、鉄鉱石などであるものがほとんどで、結局残念ながら「隕石」と断定できるものはありませんでした。

鑑定する目にカメラも注目!

本物の隕石は磁石に反応します

おっ!方位磁針が振れた!

これは・・・地球の石ですね・・・

自分の持ってきた石にわくわく

ちょっとでも隕石らしいものが見つかると人垣ができる

鑑定中の異様な集団(笑)

こんな石六甲にあるかなぁ・・・

ぼくの石もみて!
 しかし参加者の皆さんからは、宇宙への感心が高まったことや、流星や隕石がとても面白いものであることを実感でき、大変楽しかったという感想がほとんどでした。宇宙のはるかかなたからやってきた隕石が、神戸のこの場所に落ちる確立を考えれば、それは天文学的なものであることは容易に想像できるでしょう。これを機会により多くの方が宙に対して興味をもってくれたら、それはとてもうれしいことですね。

取材協力:兵庫県立西はりま天文台公園・日本流星研究会・神戸市立森林植物園・平田良一さん・兵庫県警察本部科学捜査研究所
 

隕石から何が解るのか・・・

 宇宙を旅してきた一粒の石が、たまたま地球の近くを通りかかって地球上に落ちてきた。その石のルーツを探ることによって、太陽系がどうしてできたのか、宇宙がどうしてできたのかの鍵を知ることができるかもしれません。
 まず、隕石がどのようにして神戸に落ちてきたのかを調べる必要があります。ここに紹介した3つの目撃情報の他にも、各地の天文台などにたくさんの目撃情報が寄せられました。それを元にして計算されたデータによると、隕石は岡山県勝山市の上空高度80km付近で光り初め、秒速13kmくらいの早さで飛行して、高度25km付近で急速に速度を落として落下したと考えられています。

隕石の飛行想像図と目撃情報のあった3箇所の位置関係
 この経路と速度を考えると、この隕石はそれほど早い速度で地球に接近してきたのではないことがわかります。遠くからの天体が太陽の近くを移動するためには、かなり早い速度となることを考えると、この隕石は太陽周辺を漂っていた太陽系の仲間である可能性が高いと言えることになります。

☆隕石と「宇宙線」

 宇宙空間をはるばる旅してきて、たまたま地球の近くを通りかかって地上に落ちてきた隕石は、宇宙空間で大量の「宇宙線」と呼ばれる放射線を受けています。宇宙線は、太陽のような恒星など、自分自身で光り輝いていたりエネルギーを出しているものから放出される小さな粒子です。この宇宙線は、宇宙空間を漂っている他の物質にぶつかると、その物質を他の物に変えてしまう性質があります。

 太陽からも宇宙線が放出されているとすれば、私たちの地球にも宇宙線が落ちてきているはずです。宇宙線を調べることによって宇宙の謎がわかるとすれば、直接その宇宙線を調べればよいのですが、地球上に生活している私たちには宇宙線はほとんど届いていません。これは、地球のまわりを取り巻いている大気が、宇宙線を吸収してしまうからです。さきほども書いたように、宇宙線は物質にぶつかるとその物質を変えてしまいます。もし地球上に生活している私たちに宇宙線が大量にぶつかったとすると、人間の体の中の様々な物質を壊してしまうことになります。例えば、血液中の白血球が壊されて、免疫作用が低下するなどの現象が起きてしまい、生きていくことができなくなってしまうのです。

 こうして大気によって守られている地球上からは、宇宙線を直接観測することはできません。しかし、その宇宙線を受けながら漂ってきた隕石を詳しく調べることによって、宇宙のいろいろな謎を調べることができるのです。このような、宇宙空間で放射線を受けることによってできる物質のことを「宇宙線生成核種」と呼んでいます。

 今回の隕石は、民家に落下したことにより非常に早く専門機関へ隕石を引き渡すことができたため、いままで発見されていないものがいくつか発見されました。過去の隕石でも地球の環境には無い放射性物質がいくつか見つかっていますが、今回は特に半減期の短い3つが見つかりました。半減期とは、放射線がその物質から放出されたときには、だんだんとその強さが減っていくことになりますが、その強さが半分になるまでの時間のことです。全体に重い物質は長く、軽い物質は短くなりますが、そうでない物もあります。

 今回、マグネシウム28(Mg-28)とニッケル56(Ni-56)・カリウム43(K-43)の3つの宇宙線生成核種が初めて検出されました。また、これより半減期の短いナトリウム24(Na-24)も見つかっています。ナトリウム24は、1996年のつくば隕石ではじめて検出されたもので、今回で2例目になります。

隕石から検出された放射性物質(10月1日現在)

地球に存在しない放射性物質(宇宙線生成核種)
核種名 半減期 測定γ線
ナトリウム24(Na-24) 15時間 1368keV
マグネシウム28(Mg-28) 21時間 1342keV
カリウム43(K-43) 22.3時間 378keV
ニッケル57(Ni-57) 1.48日 1378keV
スカンジウム48(Sc-48) 1.82日 984keV
1312keV
スカンジウム44m(Sc-44m) 2.44日 372keV
マンガン52(Mn-52) 5.59日 744keV
1434keV
バナジウム48(V-48) 16.8日 984keV
1312keV
クロム51(Cr-51) 27.8日 320keV
ベリリウム7(Be-7) 53.3日 478keV
コバルト58(Co-58) 77日 811keV
コバルト56(Co-56) 77日 847keV
スカンジウム46(SC-46) 83.8日 889keV
1120keV
コバルト57(Co-57) 272日 122eV
マンガン54(Mn-54) 312日 835keV
ナトリウム22(Na-22) 2.60年 1274keV
コバルト60(Co-60) 5.26年 1173keV
1332keV
アルミニウム28(Al-28) 72万年 1808keV
地球上にある放射性物質(天然放射性物質)
ウラン238(U-238) 44.7億年 352keV
609keV
トリウム232(Th-232) 140億年 239keV
609keV
カリウム40(K-40) 12.7億年 1461keV

※半減期の長い放射性物質は、より長い測定が必要なためこの表には含まれていないものもある

※keV=キロ電子ボルト 放射線の強さを現す数値

☆炭素質コンドライト

 この隕石の分析を進めている神戸大学理学部惑星科学専攻の中村昇教授によると、この隕石は「炭素質球粒隕石」(たんそしつきゅうりゅういんせき)であることがわかりました。球粒隕石はコンドライトとも呼ばれ、隕石の内部に無数の丸い粒(コンドリュール)を含んだ構造になっており、一般的な石質隕石に比べると柔らかく壊れやすい性質があります。このページの最初に紹介した写真を見ると、その無数の粒をみることができるでしょう。

 炭素質コンドライトは、過去に見つかった隕石の中で、わずか2%ほどしかありません。これは、構造上壊れやすい性質を持っているため、地球の大気に突入したときに壊れて散らばってしまうため地表に落ちてくることがまれであることがあげられます。これまでに見つかった炭素質コンドライトとしては、このページの隕石捜索会のページに写真のある1969年のメキシコ ・アエンデ隕石や、1864年のフランス・オルゲイユ隕石があります。

メキシコ アエンデ隕石の一部
(隕石大捜索会にて)
 炭素質コンドライトの特徴としては、その成分が太陽の成分と非常によく似ていると言われている点があげられます。これは、炭素質コンドライトが「原始太陽系ガス」と呼ばれる、私たちの太陽系ができる元となった物質から生まれたことを示していていると考えられています。また、熱っせられると気化しやすい物質が内部に多く含まれ、丸い粒状に凝結している様子から、隕石が固結してから高温の環境にさらされなかったのだろうと考えることができます。
 

☆これからの研究

 神戸隕石の研究はまだまだこれからです。半減期の長い放射性物質の検出や、これまでに見つかった隕石との組成の違いなどを分析しながら、太陽系ができ上がっていく過程を調べる貴重な資料として、全国の大学や研究機関に送られて分析が進められていますし、炭素質コンドライトとして世界中の研究機関からも注目されています。今後も継続した研究が進められていく過程で、新しい事実が判明していくことでしょう。


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