茨城県つくば市

筑波大学 柴田 直人


使用望遠鏡:
Vixen GP−ED80S・SM
・対物レンズにEDレンズ使用
・有効径80mm 焦点距離720mm
・分解能/1.45秒
・集光力/肉眼の131倍


 欲しい欲しいと思っていた念願の望遠鏡をついに手に入れたのは、高校2年生の夏のことであった。無駄遣いをせずに小さい頃から貯めていたお年玉の貯金をおろして、口径8cmの屈折望遠鏡を買った。白く光る細長い筒の対物側には直径8cmのEDレンズというフローライトに次ぐ良いレンズがはめ込まれている。これが初めて手にした自分の天体望遠鏡である。「自分の」というだけでこんなにもうれしい気分は初めてだった。


M42 オリオン星雲(撮影:柴田 直人)
 天文の雑誌できれいな星雲や彗星の写真を見るたびに、自分でもこんな写真を撮ることができたらなあといつも思っていたので、望遠鏡を買ったら天体写真に挑戦しようと心に決めていた。ただ星を見るだけに使うのなら普通のレンズでも良いのだろうが、こういうわけでちょっといいレンズのものを選んだのである。フローライトにすると値段がとても高くなってしまうし、かといってただのレンズにすると色収差というのがあってきれいに見えないのでその中間のものを買うことにした。

 同じ値段なら屈折望遠鏡よりも反射望遠鏡の方が口径が大きいものが買える。写真を撮る場合、本当は大口径で光を大きく集められる方が好ましいし、淡い星雲を見る時にも口径が大きいほうが向いている。反射望遠鏡を買えば良かったのにあえて屈折望遠鏡を買った理由は・・・、特にない。当時の自分は望遠鏡と言えば屈折望遠鏡のあの外見に憧れ、反射望遠鏡やその他はいまいちだなあという勝手な偏見を持っていたのである。そんな思い込みで選んでしまったようなところがあった。

 望遠鏡を買ったその夏は、天文学的大イベントの年だった。二十数個に分裂した彗星が木星に次々と衝突するという前代未聞の現象が観測されたのである。やっと手に入れることのできた望遠鏡をさっそく持ち出し、ワクワクした気持ちで望遠鏡をのぞいた。見える、見える!木星の縞模様はくっきり見えるし、四大衛星も明るく見える。衝突の跡、黒い斑点もはっきりと見えた。8cmの望遠鏡で、新宿の、この都会の真ん中から、しかも自分の望遠鏡で見ることができたのは最高の気分だった。

 都会の真ん中では望遠鏡を十分に活用することはできなかった。次の年はもう高校3年生であったから受験勉強も始まってしまっていたし、ケースにしまったままほおっておかれた状態が一年近く続いた。ほこりをかぶってケースが真っ白くなった頃、運良く大学に進学することが決まった。地方の大学であったから、望遠鏡はかならず持っていこうと考えていた。都会よりは絶対にたくさんの星が見られることを期待して…。

 都会とは違ってここでは、町の中心部や大学周辺から一歩離れると暗い空が見られた。天の川とまではいかないまでも、都会の夜空では見ることのできない星々がたくさん光っている。一人暮らしのアパートのベランダからもある程度星が見える。東京のようにせせこましくビルは建っていない。視界が広いのがうれしい。でも、やっぱり本当に暗い星空を見たい私には満足がいかなかった。せっかく地方に来たのだから、毎日でも望遠鏡を活用して今まで無理だった天体写真にも挑戦したいと思うようになった。いくら地方とはいえ、さすがにアパートの周りは街灯もあるし、コンビニの看板もあってそう暗くはなく、十分な星見の環境とは言えない。暗いところまで星見に出かけよう、そう決心した。

 ところが、私の移動手段は自転車だけ…。大きくて重い、しかもかさばる望遠鏡一式をどうやって運ぼうか、それが一番の悩みだった。自転車で行けて、望遠鏡が運べて、ある程度暗くて、深夜に一人で観測していてもそう怖くなさそうなところ、という選択基準から大学構内の圃場(ほじょう)を選んだ。家から近いとはいっても自転車で十分くらいの距離だが、ここは実習用のたんぼや畑なので夜中はひとけがなく街灯もないのでここを選んだ。学生宿舎がそばにあったので夜中ふと怖くなったら友達のところへ逃げ込めることも選んだ理由だろうか。観測場所は決まった。

 最大の問題は望遠鏡の持ち運びであった。望遠鏡はケースに入っていて、鏡筒も三脚も赤道儀もアイビースも全て一つに納まるようになっていた。しかし、この一つのケースがかなり大きくて重い。20cm×35cm×80cm、総重量なんと約20kg!いくつかのバッグに詰め替え、なんとかして持ち運ぶことを考えた。まず登山用リュックに三脚とウェイト4.7kgを詰め(=11.2kg)これを背中に背負い、次に大きめのスポーツバッグにクッション材に包んだ鏡筒と赤道儀やアイピース等を入れ(=18.5kg)、これは自転車の前のかごに無理矢理のせた(表参照)。

表 リュック、バッグの中身と重量

背中に背負った登山用
リュックの中身
自転車のかごにどんとのせた
スポーツバッグの中身
鏡筒
三脚
ウエイト
リュック
2.5kg
3.0kg
4.7kg
1.0kg
赤道儀
ガイド鏡
アイピース
モータードライブ
撮影用具
カイロ、保温用品
その他部品・用品
バッグ
5.5kg
2.0kg
1.0kg
2.0kg
3.0kg
2.0kg
2.0kg
1.0kg
合計 11.2kg 合計 18.5kg
総重量は、29.7kg!

これを左手で押さえつつ、なんとか右手でハンドルを操作した。天気予報は随時確認して、晴れるとわかれば毎晩でも通った。我ながら良く続いたものだと感心してしまう程だ。あの頃の私はきれいなアンドロメダ銀河の写真を自分の望遠鏡とカメラでどうしても撮りたくて、何本フィルムを無駄にしても何回失敗してもそれでもあきらめず、何が何でも撮ってやるという信念で厳寒の11月、12月の夜空の下に自転車を走らせた。
    
 観測場所に到着してからがまた大変だった。息をきらしてやっとの思いで運んできた望遠鏡一式を一つ一つ組み上げていく。夜中の風が汗を消し、体中から熱をだんだん奪っていくがそんなことは気にもせず無我夢中で望遠鏡に向かった。寒さを忘れて一心不乱にガイド鏡をのぞきこみ、十字線からはずすまいと息を殺してガイド星を追いかけた。15分から20分の撮影を4、5枚やったところで全身はとっくに冷えきっていた。指だけ動かすコントローラーの操作では体は暖まるはずがない。観測の時は必ず携帯していたラジオから聞こえる音楽やトークがせめてもの救いであった。冬の寒さ、真っ暗い夜の世界の怖さを忘れさせてくれた。撮影を終え、片付けを始めて指が凍えかじかんで動かなくなるくらい、とても寒かったことに気付く。寒さをも忘れる集中力、自分でも本当に感心ものだと思った。この恐ろしいほどの熱心さを本業のほうにも向けられたらもっと素晴らしいのに、と思っりたりもするのだが…。
 結局これまでのところ、アンドロメダ銀河の写真は上手に撮れていないが、オリオン星雲の撮影には成功した。どちらも淡い天体なのに写りが違うのは何故?と悔しく思いながらも、自分で撮ったオリオン星雲の写真を見ながら天体写真初心者にしては結構良くできたなあと、我ながら感心。自分の望遠鏡や機材を使って、自分自身の力で天体写真を撮れたことがとても幸せだ。


M31 '失敗'アンドロメダ銀河(撮影:柴田 直人)
(似たような写真が何十枚とあります…)

 地方での大学生活ももう終わりに近づく。この最後の一年はやはり忙しくなってしまい、星や望遠鏡からは遠ざかってしまうだろうが、時間に余裕ができた時にはぜひ星見をしたい。たまには望遠鏡をのぞいて創造と想像の世界・宇宙に夢や想いを馳せ、ゆっくりとした気持ちで過ごすことができたらないいなあと考えている。星を見るだけではなく、もちろん、念願のアンドロメダ銀河の写真をはじめ、いろいろな天体写真にも引き続き挑戦していくつもりだ。 (終)



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